血濡れの狼

 


自作診断の書き出しに繋げて書き始めたもの。

Twitterのフォロワーさんのあずさん(染赤さん@someaka_ /HP:someaka illustration/pixiv)と線画交換コラボして表紙を描いていただきました( '   ' *   )→その時のツイート(画像付き)




・*・*・*・*・*・




ラーダは大きくため息をついた。
遠くから勝鬨が聞こえる。戦は終わったのだろう。
血を失いすぎたのか、視界がぼやけた。
いまになって腹の底から沸き上がる震えに、思わず我が身を抱き締める。
「満身創痍だな」
誰かの声に、ラーダはのろのろと顔をあげた。
「……ヴォルクか」
「ああ」
目の前に立っていたのは、ダジル国の王子、ヴォルクだった。ラーダはヴォルクの従者だ。とはいえ、それ以前に幼馴染みであるがゆえに、今さら畏まった場以外では敬語など使わないが。
だからこそ、ラーダは無遠慮に眉を潜める。
「お前、その血は」
「返り血だ」
ラーダの眉間の皺が深くなったことに、ヴォルクは気づかない。ラーダは低い声を絞り出した。
「……また前線に出たのか」
「ああ」
さらりと言ってのけるヴォルクに、ラーダは歯噛みする。この王子は、自分の価値を理解していない。
ふらつく足でヴォルクに歩み寄り、ぐいと胸ぐらを掴みあげた。少しばかり背の低いヴォルクの紅い瞳が、無感情にラーダの鳶色の瞳を見上げてくる。
それが、さらにラーダの感情を波立てた。
「いい加減にしてくれ。一兵卒が死んだって重臣が死んだって大したことはないがな、王族が死んでみろ、こんな時に。混乱が起きるぞ」
「……俺が死んだところで、リシッツァ叔父上がいる。あの人はまだ若いし有能だ。民からの支持も厚い。父上は本陣だし、余程のことがない限り王が倒れることはない」
だから、俺ひとり死んだところでどうということはない、とラーダの視線をまっすぐに受け止めて、ヴォルクはあくまで淡々と述べた。感情の起伏が感じられない声で綴られたそれらは確かに事実で、それゆえにラーダの胸を抉っていく。
「……お前が死ねば、皆が悲しむだろ」
そう言いながら、ヴォルクの胸倉を掴んでいる拳から力が抜けていくのを感じた。ああ、やはり血を失いすぎたか、と舌打ちしたい気分に駆られる。
遠くなっていく意識の向こうで、ヴォルクが口を開いた。
「………俺は」
微かに震えているその声と、同時にラーダの拳に添えられた酷く冷たい手に、ラーダは息を呑んだ。掠れていく意識を必死で繋ぎ止めて、ヴォルクの顔を改めて凝視する。
血で汚れていて気付かなかったが、その頬が酷く青ざめて見えるのは、果たして気のせいだろうか。
ヴォルクは続ける。
「……俺は、母上の……王妃の命の一部と、引き換えに生まれた、呪われの王子で……血濡れの、だから…」
無機質だった瞳に、はじめて感情が映る。酷く揺らいだその瞳を隠すように、ヴォルクはラーダの手を振り払って、背を向けた。
「無理をさせてすまない。傷が深いんだろう。衛生兵を呼んでくる。そこで待っていろ」
「おい、ヴォル……っ……!」
再び淡々とした口調に戻って歩み去るヴォルクを呼び止めようとしてあげた声は、強烈な目眩に掻き消された。
喉の奥で低く呻きながら、ずるずると地面に座り込む。まっすぐに陣に向かっていくヴォルクの後ろ姿が、酷くぼやけて見えた。
(……『血濡れ』か……)
ぼんやりとそんなことを考えて、胸の奥で凝った感情に眉をしかめた。
『血濡れの狼』
それは、あまりに剣の腕が立ち、本来守られる立場でありながら誰よりも前に出て、誰よりも戦果を挙げるヴォルクへの揶揄だった。返り血で紅く染まってなお敵を屠る、その姿だけを見ている者たちがつけた、呪詛のような呼び名。
それを、自分は呪われの王子だからと、実際血塗れで戦っているのだから仕方のないものなのだと、確かに傷付いていながら感情を凍らせるヴォルクが、哀れでならなかった。
(……きっと、余計な世話だと言われるだろうがな)
ラーダは苦笑した。
それでも、願ってしまうのだ。
生まれながらに多くの者達に疎まれ、いつしか笑うことを忘れてしまったあの王子が、いつか、心から幸せに笑える日が来ればいい、と。
(……そのためなら、できることはいくらでも、手伝うから……)
ああ、瞼が重い。
駆け戻ってくるヴォルクの気配がした。衛生兵も後ろについてきているのだろう。それなら、もう傷の手当ては任せていいだろうと、ラーダは必死で繋ぎ止めていた意識を、ふっと手放した。

 

 

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