追憶



あなたがこっちを見てくれるように、
大きな声を出して泣いた。
それでもやっぱりあなたは、
こちらを見てはくれないのだ。

 

ひどく空の高い、寒い日だった。
薄蒼い空にぽつんと浮かぶ雲が、なんとなく孤独に見えた。
鞄を手に、通い慣れた通学路で立ち止まる。早く行かなければ遅れてしまうというのに、どうしてか足が進まなかった。
(んー…さぼっちゃおっかなー…)
そんな考えが頭に浮かぶ。
行きたくない理由なんかとっくにわかっていて、そしてとっくに割りきったつもりだった。
割りきったつもりだったのだ。
「……弱ったなぁ…」
「ほんとにね」
「え」
応えを期待しない、苦笑と共に吐き出された言葉に、背後から思いがけず返事が来て思考が止まる。
「あ、なたは…」
「こっち」
「…えっ?!」
振り返りざまに口にした声は遮られ、相手の顔を見る間もなく手を取られて走り出した。
「こっちだよ!」
「え、ちょ、まって…!」
もつれる脚を必死に動かして前へ進む。
手を引いているのは、声からするにどうやら少年のようで。
きゃらきゃらと子ども特有の高い声で笑いながら、前へ前へと進んでいく。
ふと気が付けば、そこは道なき道を辿るばかりの、森の中だった。
「…ど、どこ行くの…っ?!」
「もう少しだから!」
楽しそうな、けれどどこか必死な少年の声に急かされて、木の葉まみれになりながら、たどり着いたのは。
「……ここ…」
幼い頃に遊んだ、高台の公園だった。
いま住んでいる町が一望できる。
「懐かしいでしょ?」
幼い声に似つかわしくない、落ち着いた口調で、少年はそう言った。
一陣の風が吹き抜ける。
「…うん」
そう、懐かしい場所だった。
ここでよく走り回っていた。
あの日まで。
「…ほんとにさぁ、いくら泣き叫んだって聞こえやしないんだから、まったく」
唐突に、少年がそんなことを言う。
なぜかその声が懐かしく聞こえて、目を見開いた。
そして、そこではじめて、少年の顔を見たのだ。
「……ぁ…」
「ね、懐かしいでしょ?」
いたずらっぽく笑う少年は、あの日のままだった。
あの日、この世から居なくなった、そのままだった。
「今日は命日だったから」
だから、届くかなと思って。
少年はそう言って、笑みを深くする。
視界が歪んだ。
本当に、本当に大切な少年だった。
きょうだいのように育った少年だった。
「…っ、会いたかった…っ」
「うん、おれも」
座り込んで泣き始めれば、そんな声が降ってくる。
でもね、と声は続けた。
「もう、忘れていいからね」
「そんなっ」
その台詞に目を剥いて顔を上げれば、少年の姿が光のなかに揺らいでいた。
「ばいばい、会えて嬉しかった」
「待って…!!」
伸ばした手は、届かない。
「ーーーーっ…!!!」
張り上げた涙声が、一人ぼっちの公園に木霊した。

 

 

 

 

【追憶】
どうしてもあなたを思ってしまうこの日に、
あなたがいないとわかっている、
一緒に行くはずだった場所に
行きたくなかった。

 

 

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