ハルとアキ

 

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「…それでも、僕はいいと思ってるけどね」
そう言ってハルが微笑めば、相手は苦しそうに顔を歪めた。
「……馬鹿だろ、お前…」
そうやって掠れた声で、言葉の上でだけはハルを詰って、それなのにその腕はハルを抱き寄せて離さないのだから、本当に手に終えないコイビトだと、ハルは笑うのだ。

 

 

 

 

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シャッ、と音を立ててカーテンが開けられる。
鮮やかな朝の光が目蓋越しに視界を焼いて、ハルは抗議の声をあげた。
「…アキ、眩しい…」
「そりゃ朝だからね。ハル、お前寝過ぎ」
アキは苦笑して、ハルのベッドの縁に腰掛けた。
骨張っているけれどきれいな手が、ハルの短い黒髪を撫でる。
あたたかなそれが心地よくて、ハルは甘えた猫のように目を細めた。
アキの瞳が、柔らかい色を灯す。
「ね、起きてよ、ハル。せっかく朝御飯作ったのに、おれまで寝ちゃいそう」
そう言ってアキが、相変わらず寝転がったままのハルの横に頬杖をつくように、ベッドの横にしゃがみこめば、ハルはぱちりと目を開いた。
「え、先に言ってよ。僕、アキの料理食べたい」
それを聞いて、アキが笑う。
「お前、ほんと食べるの好きな」
「アキの料理だけね。おいしいんだもん」
でもその前に、と言って身体を起こしたハルは、悪戯に唇を吊り上げた。手を伸ばし、さらり、とアキの長い黒髪を掬い上げる。
「結わせてよ。そのままじゃ邪魔でしょ?」
「…ああ、頼んだ」
くるりと目の前で身体の向きを変えたアキに満足して、サイドテーブルに置いておいたブラシを手に取った。さらさらと滑らかな髪の感触を楽しみながら、その黒髪を結い上げていく。
滑らかなはずの髪が時々引っ掛かるのは、ハル自身の手のせいだろう。
このガサガサに荒れた手のひらを、アキが働き者の手だと、暖かい手だと言ってくれたのは、もう何ヵ月前のことだろう。
そう言ってくれたからと云って、きっとこの手を好きになることも、滑らかな指先に憧れなくなることも無いのだろうが、それでも少しだけ心が軽くなったような気がしたことは事実だ。
「ねぇ、なに考えてる?」
ぽつり、とアキがそんなことを聞いてきた。一瞬、髪をすく手が止まる。ハルは唇を歪めた。
「…キミと、出会ったときのこと考えてる」
アキが息を呑んだ気配がした。
ハルは頬を膨らませる。
「頭、動かさないでよ。結いにくい」
「あ、ごめん」
それきり互いに口をつぐめば、穏やかな沈黙が降った。しゅるりしゅるりと髪紐を結ぶ音が心地よい。
カタン、とブラシがサイドテーブルに戻される。
「はい、終わり」
「ん、ありがと」
そんな短い言葉の後にアキはぴょこんと立ち上がって、ハルに手を伸ばした。
「さ、ごはん食べよっか」
「そうだね」
差し出された手を掴んで立ち上がる。
部屋の戸を開ければ、コンソメのいい匂いがした。




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